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朝食後、兵舎の2階にある自室でだらだらと過ごしていた時に、ノックもなくいきなりドアを開け放って現れたのがアデル・リュークヴィストだったものだから、イリヤは文字通りベッドから転げ落ちた。
「アデル准尉」
机に向かって何やらしたためていた同室のマリウスは、優等生然と立ち上がり、見事な敬礼をしている。
他の2名の同室者──射撃兵のハーヴェイと弓兵のジェレミーも、慌てた様子でベッドから降り、背筋を伸ばして敬礼した。
部下たちの敬礼に短く応えると、アデルはすぐさま本題に入った。
「本日16時、リナレス邸に向かう」
「え?」
ようやく体を起こしたイリヤが眉を上げた。
リナレス邸はきのう訪れたばかりだ。しかもそこからの帰りに襲撃にあったというのに。
「部隊長殿の書簡を届けなきゃならねえ……ったく、きのうのうちに書き上げといてくれりゃあ、二度手間にならずに済んだってのに」
いや、二度手間がどうのというレベルではない。命を狙われたのだ。
「でも、それでしたら、わざわざ准尉が行かなくても」
もっともな意見を述べたのはジェレミーである。いいぞジェレミー、とイリヤは心の中でジェレミーを援護した。そのままおまえの無神経さで突っ走れ。
「尉官以上のヤツは任務に忙しく、かといって大物貴族へのお使いに下士官だけをやる訳にもいかねえ……とタヌキが言いやがった」
「タヌキ?」
きょとんとするジェレミーの横で、イリヤとマリウスが同時に小さく吹き出した。もしここにフェルザー中隊長がいたら卒倒しただろう。
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