Chapter 6

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リナレス邸への“お使い”を済ませ、帰路についたのは17時30分──書簡を渡すだけであるにもかかわらず、貴族は英雄とどうしてもお茶を飲みたいようであった。駐屯地から片道40分、本来であれば帰りついていてもいい時間である。 もちろん、我らが英雄殿はひどく機嫌を損ねていた。眉間に深い縦皺を刻み、じっと窓の外を睨み付けている。 太陽は西へと傾きつつあり、これから1時間ほどかけてゆっくりと姿を消し、地上に光とぬくもりを与えた天空の女神は暫しの眠りにつく。 馬車が走り出して10分もすると、建物はだんだんと数を減らし、変わってのどかな田園風景が広がった。更に10分走ると、あの森がひっそりと、堂々たる威厳をもって彼らを出迎える。 (遠回りにはなるけど、森を迂回すればいいのに) アデルにつられて眉間に皺を寄せたイリヤが、何度目かのため息をついた。イリヤの隣では、マリウスが無表情に外を眺めている。 (態勢を立て直すのに2、3日はかかるって准尉は言ってたけど……) ちらりと横目でアデルを見遣る。 (きのうどんだけボコボコにしたんだ……) 森を抜けてきたアデルを追ってくる者はなかった。という事は、追いかけられないほどに打ちのめしたという事だ。 (とてもそういう事するようには見えないのにな……黙ってたら、どこぞの国の王子様って言われても信じるぞ俺)
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