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憲兵は、更に首を捻る事になる。
音が止んだ時だった。野獣の咆哮のような低い呻き声が、地を這うように轟いたのだ。
ひとりの憲兵が思わず走り出し、そしてすぐに立ち止まる。
「……隊長に、報告を………」
「……え?」
もうひとりが警戒しながら駆け寄り、そして言葉を失った。
3メートルはあろうかという大きな黒い影。耳まで裂けた口には鋭い牙がずらりと並び、絶え間なく涎を流し続け、その巨体を一心不乱に鉄条網へ打ち付けている。
狼族に間違いはなさそうだが、あのような、半分は人であることを忘れたようなラクサーシャを見るのは、二人とも初めてだった。
「隊長に報告!」
「は、はい!」
一人がライフルを構え、一人が背を向けて走り出した。
その声に気付いたか──体じゅうから血を流すラクサーシャの真っ赤に血走った目が、ゆっくりと憲兵に向けられた。
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