Chapter 1

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深まりつつある秋の夜明け前、空気はぴんと張りつめ、さながら薄く鋭い(やいば)のように剥き出しの頬を刺す。 足音を忍ばせて一歩戸口から外へと踏み出したイリヤは、思わずぶるりと身を震わせた。 (寒い……) 厚手の外套を羽織ってはいるが、手袋やマフラーも必要だったかと悔いる。しかしもう屋敷の2階にある自室に引き返すつもりはない。貴族にしてはささやかな邸宅であるとは言え、家族は勿論、住み込みの使用人たちに気付かれぬようしんとした館内を往復するのは憚られる。 ただ、ちらりとだけ屋敷を振り返った。生まれてから18年間過ごした家だ、今度はいつ戻るか、戻ることはあるのかと、それなりに感慨深い。 イリヤはぐいと眉間に力を入れ、ちりりと胸を焼く感傷を無理やり抑え込んだ。 (もう決めたんだ、迷うな!) 己に言い聞かせ、庭園へと続く階段を下りると素早く樹木の影に隠れた。肩から提げた荷物が思っていた以上に大きく重い。 当直の衛兵が門の詰所にいるが、門を出る理由は既に考えてある。 樹木から樹木へと身を隠しながらこそこそ進むうち、やがて夜明け前の蒼い世界に、詰所の灯りがぼんやりと浮かび上がった。 (……あれ?) 詰所の窓に目を遣ったイリヤは思わず足を止めた。 小さな建物である。だが窓の中に見える筈の衛兵の姿が一人も見当たらない。 (便所か? いや、二人揃って便所に行くとは考えられない) 不審に思い辺りを見回すが、どこにも、誰の姿も気配もない。 樹木に身を潜めたまま詰所とその周囲を窺うが、辺りは夜明け前にふさわしく清々しい静寂に包まれている。
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