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「恐れながら、我が国は現在、非常事態宣言下にあります。このような時に誕生日だからと……」
「いや、だから侯爵自身も大事にはされておらん。だがこちらとしては、敬意を表するいい機会なのだ」
ゴマを擂るいい機会って訳ね……。
ターニャは鼻に皺を寄せ、嫌悪を顕にした。
「敬意を表したいだけなら、なにもわざわざアデルを呼び戻さなくてもいいでしょう」
「侯爵はスパルナ族をいたくお気に召していてね。こういう機会でもないと、なかなかアデルを会わせられないからね」
「アデルは人身御供ってヤツですか」
「ターニャ、よせ」
フェルザーが短く、鋭く制すると、しぶしぶターニャは引き下がった。そっぽを向き、頬を膨らませている様子は、まるで幼い子どもである。
事の成り行きをじっと見守っていたイリヤだったが、いたたまれなくなり、隣に座るハーヴェイにちらりと視線を向けた。すぐにイリヤの視線に気付いたハーヴェイも、困惑しきった目を返す。
ヘルハウンドについて、第2居住区について話しているんじゃなかったのか? それがなぜ誕生日の話になる?
胸にどす黒いしこりを残して隊長室を後にした。ドアを閉めて廊下へ出た途端に、ターニャの怒りが爆発した。
「なんだ、あれ! 誕生日だからって、なんなんだよ!」
「おいターニャ、聞こえるぞ」
「かまうもんか! 危機意識が低すぎる! 仮にも部隊長なんだぞ!」
興奮しきっているターニャの口を塞ぐ手立てはない。フェルザーはターニャの腕を掴むと、大股で自分の執務室へと戻っていった。
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