Chapter 3

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何事もなく偽りの平和な夜が終わりを告げようとした頃、アデルがヘイデンを発った。 辺りは明るさを取り戻してきてはいるが、まだ太陽は姿を現していない。キンと冷えた空気に吐く息が白く凍る。 アデルの馬を連れてこようとして止められた。 「時間がもったいねえ」 そう言うと、ニコラの心配をよそに淡い水色の空へと飛び立ってしまった。 同じスパルナ族でも、飛翔には個体差がある。持久力に優れた者、敏捷性に優れた者、ホバリングが得意な者。 アデルは飛翔速度が群を抜いており、確かに馬で移動するよりは時間を有効に使えるが、それだけ体力も削られる事になる。 「あんまり無茶するなよ」 ヘイデンを離れる事で少しは息抜きになるのではないかと思ったが、逆効果だったか。 アデルが去った後、ニコラはふらりと歩きだした。特に目的があっての事ではない。行動開始の合図があるまで、散歩がてら少し付近の地理を頭に入れておこうと思っただけである。 その為、突如として自分の身に降りかかった出来事に、息をする事さえ忘れてその場に立ち竦んだ。 狭い路地を曲がった先に、巨大な黒い影がひっそりと佇んでいた。 ヘルハウンド── そう認識したが、思考はそこで止まってしまった。剣を抜く事はおろか、大声を上げる事も、そこから逃げ出す事さえもできず、ただただ目の前の黒々とした影を凝視したまま、動けなくなってしまった。 日の出前、3階建ての建物に挟まれた狭い路地は、まるでそこだけ夜の闇を回収し忘れたかのように薄暗い。
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