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その闇よりもなお深い、漆黒の影。
しんと静まり返った世界に、荒い呼吸音だけが響く。それが自分の発するものだと気付いた瞬間、全身ががたがたと震えだした。
ゆらり、と影が動いた。
「う……あ………」
ここから離れろ。
彩煙弾を放て。
大声で班員を呼べ。
すべき事は解っていた。しかし、どうにも体を動かせなかった。
再び影がゆらりと蠢き、自分に向かって距離を詰める。
もう、駄目だ──
足の力が抜けて、のけぞるように尻もちをついた時、太陽がようやく昇り、どこかの窓に光を反射させ、ヘルハウンドの顔を照らした。
これまでニコラが目にしてきたものと違う。目の前にいるそれは、立派なたてがみを持つ獅子だった。
そして奇妙な事に、2本の足で立ち、今にも釦が弾け飛んでしまいそうな黒いスーツを窮屈そうに身に纏っている。
これは……
ラクサーシャ……?
いや、だがすべてのラクサーシャは居住区内にいる筈。居住区を脱走したのは、野獣化し、我を失った者のみ……。
迫りくる死への恐怖と新たな未知なるものとの対峙に、ニコラの思考は混乱を極めていた。正常な判断などできる筈もなかった。
目の前の恐ろしく不気味なモノに、ひたすら祈る──助けてください、殺さないでください。
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