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と、ふと獅子の姿をしたモノが、ゆっくりとしゃがみこんだ。獅子の小さな金色の目が、ニコラの目と同じくらいの高さにまで下がる。
「話を、しませんか」
静かな、穏やかな口調で獅子が言った。
「我々は人間の言葉を解さないと思われているかもしれない。けど、こうしてお話しする事ができるんですよ」
獅子は確かに自分たちと同じ言語を流暢に操っている。だが今のニコラの耳に、それは“音”として入ってくるだけで、意味をなさなかった──言葉を“理解”するまでの余裕さえ失っていた。
「これまでも、何度も私たちはあなた方にお願いしてきました、お話ししてください、と。ですが、そのたびに、残念ながら断られてきました」
ふと獅子の目が光を宿したように見えて、ニコラは小さく息を呑んだ。
「なぜ、お話ししてくれないのですか?」
言葉を操ってはいても、相手は獅子そのものである。人間のように表情豊かという訳にはいかない。口調も平坦で、感情というものがまるで感じられなかった。
「お話ししてくれれば、もっとお互いを知る事ができると思いませんか? 何も知らないから、お互いが怖いんじゃないですか?」
これは一体何者なんだ──ヘルハウンドと呼ぶには理性的でありすぎるし、かといってラクサーシャというには人間の姿をまったくとどめていない。
ラクサーシャでも、ヘルハウンドでもない、全く新しい存在。
「なぜ、黙ってるんです?」
獅子の問い掛けに、ニコラははっと我に返った。
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