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冴えたる細い三日月に向かって翔べば、その蒼白い光は真綿のように、全身をやんわりと包み込む。 凛とした風は、額に、頬に、あたかも冬の女神が氷の口付けを与えるが如く、優しく皮膚をすべり落ちていく。 大きく広げた翼はうまく気流を捉えていた。流れるように、滑るように、音もなく夜の闇に呑まれていくのが心地よくて、うっとりと目を閉じる。薄い唇には自然と笑みが浮かぶ。 ゆっくりと両手を広げ、全身で風を受けた。 なんと快然たる世界。 ひとたび地上を離れれば、己に与えられた呼び名も、立場も、称号も不要となり、人々の好奇の目からも逃れられる。 完全な「個」となる。 人間のこの姿に与えられた翼は、自由の象徴か、あるいは忌むべき異形の証か。 気流に乗ってふわりと上昇し、あてもなく風に身をゆだねる。 心地よい。 このまま風に、闇に溶けてしまえたら──
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