海女小屋

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「御婆さん。」 屋敷の縁側で網を編む大柄な女にコダイは声をかけた。 「おう、コダイ。どうだった」 女はちろ、と自分の横に目をやる。コダイは軽く会釈して座る。 女はつくづく感心する。 賢く思慮深く育った。 優しく、人の心を汲み取りながらも情に流される事無く 若い海女衆の束ねに これほど申し分なく育った(おな)()もめずらしい。 しっかりと豊かな体躯は、 漁にも束ねにも秀でた女丈夫となることが見て取れる。 これなら、卑怯で臆病な村長の息子を盛り立て、いい嫁にもなるだろう。 コダイは少し吊り上がった目を女に向けた。 「腹に子がいる。誰の子かわからんと。 真っ暗闇の中、さらわれたと言っておりました。」 女は手を止め、空を仰ぐ。 「そうか。いづれ身ふたつになれば分かることだな。 子の顔で父親は知れる。」 「…よその男じゃあないの?」 「コダイ、屋根の向こうに、何見える?山だろ。」 「あ、そうだった。」 この村は背に山が迫っている。前は海、村を貫く路がつなぐ両隣の村は 歩いて三日かかる。 人の入らぬ山中に獣道を伝って、両隣から三日も歩いて 見た事もない女に夜這いをかける男などいるまい。 男衆宿に寝泊まりする若い衆の誰かと見通しが立った。 コダイは立ち上がる。 「コダイ。」 歩き始めたコダイを女が呼びとめた。 「コナゴを海に入れるなよ。小屋ができるまで、 ここで網を編ませる」 禁忌の多い漁村だった。 コナゴだけ海に入れないとなれば、誰も何も言わなくても コナゴになにかあったと知れる。 はい、と大人しく返事しながら、 コダイは女子衆にどう話そうか考え始めると ジクジクこめかみが痛んだ。
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