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ため息をつきながら階段を登る。教室は二階で音楽室は三階にある。毎日のように歩く道のりだが足取りは重い。
生徒達の作業が一向に進まない主な原因は、男子と女子の方向性の違いにあった。男子は丘陵公園までの道中を山あり谷ありの冒険風にまとめたいとする一方、女子はビューポイントをまとめてガイドブックのようにしたがった。アイデアとしてはどちらも面白く素晴らしいので、早坂は学級委員の武田と坂本が上手くまとめてくれることを期待した。しかしその二人自体の意見が別れていた為に状況は好転しなかった。生徒たちの自主性を重んじるため、早坂自身はなるべく手は出したくない。武田率いる男子軍と坂本率いる女子軍。どうしたら両軍が上手くまとまるのか分からなかった。
早坂は音楽室の前に来た。ドアに手をかけると、ピアノの旋律が耳に届いた。演奏の邪魔になってはいけないと思い、一旦手を引っ込めた。
この曲は何度かテレビで聞いたことがあった。サティの『ジムノペディ』。ドアに背を預けて聞いていると、窓の夕暮れと相まって思った以上に物悲しい。それでも落ち着いた曲調は荒んだ心を癒やしてくれる。早坂は目を瞑りしばらく耳を傾けた。
ようやく演奏が止まったのを見計らって、ドアを開けた。
夕日の差し込む音楽室に人影はなかった。整然と並んだ生徒たちの椅子に座る者は無く、一段上がったステージにも譜面台しか立っていない。先程まで綺麗な音色を奏でていたグランドピアノが静かに佇んでいるのみ。知らない人が見たらおばけが弾いていたのかと驚くかもしれないが、早坂はそのタネを知っていた。
「のろいちゃん、そろそろ帰るよ」
早坂の呼びかけに、ピアノの影から小さな女の子がひょっこりと顔を出した。露骨に嫌そうな顔をして彼女は言った。
「何でじゃ? まだ約束の六時前でないか」
「陽が落ちるのが早くなったんだよ。今日はここまでだ」
「やれやれ。仕方がないのう」
身支度を整えるのろいちゃんを早坂は待った。しばらくすると帽子をかぶり、ランドセルを担いでやって来た。
「じゃあ、一緒に帰ろうか」
早坂の呼びかけに返事は無かった。帽子から除く表情からは先程のような感情は読めない。怒りでもなく悲しみでも無く、全くの無表情になっていた。
のろいちゃんはただコクリと頷いた。
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