第1章

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 現実にもどされて、あたしはため息をついた。でも気持ちを切り替えてにっと笑う。  「そのときは、あんたコーチやってよ」  「ふざけんな」  エースははずかしそうに頭をかく。  「あと、高橋さんやきさらぎ荘のみなさんにもうんとお礼いわないと」  「やあ、僕のことうわさしてる?」  変人がやってきた。特にうわさをしていたわけじゃないけど、あたしは恩義を忘れたりしない。  「今日はありがとね、カイ」  「いや、僕だってキャッチボールくらいさせてくれるだろ?」  にこっとする顔はちょっとかわいい。  「あたしも。教えてねみずき」  あんながひょこっと顔を出す。  「もちろん、ありがとう、心の友よ」  抱きしめたら、またきゃっと悲鳴を上げた。  カイが高橋さんに聞いている。  「ここは女子寮なんですか?」  あっ、とあたしは初めて気がついた。そういえば、ここにいるのはみんな女の人だ。小さい赤ちゃんやおばあさんまで年齢はいろいろだけど。  「そうなの」  高橋さんが答えると、カイは頭をかく。  「じゃあ、僕がここにいたらまずいのかな」  高橋さんはくすっと笑う。  「君は大丈夫。とても礼儀正しくて紳士だから。それに18歳未満だしね」  そっか、そういう規則なのか。  それを知ってて、ひぐっちゃんは中に入らなかったんだ。    「高橋さん」  さっきのおばあさんが声をかけてきた。  「この子たちに手伝ってもらえばいいじゃない」  高橋さんは笑って首を横に振る。  「しっかりしてるけど、この子たちは中学生ですよ、望月先生」  「だって、もう夏休みでしょう?」  「なんです?」  こういうことに口をはさまないと済まない性格なのだ、あたしは。  「ここにいる高橋さんは正義の味方なのよ」  望月先生と呼ばれたおばあさんは、CMの製品紹介みたいに手のひらを向ける。  「やめてください」  高橋さんは困り顔だけど、おばあさんは続けた。  「とても有能な社会活動家なの。すべての困った人たち、特に女の人の味方。わたしのような寄る辺ない年寄りに住まいを用意してくれたり、仕事のない女性や体の不自由な人たちに勤め先を作ってあげたり」  「へええ」  なるほど、ここはそういう人たちの家なのか。全然わからなかった。  「ですから、私ひとりでしてる訳じゃないですから」  うちわであおぐみたいに手を振って、高橋さんは謙遜する。
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