第1章

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 「だけど、苦労のほとんどを、あなたがかぶってるじゃないの」  「いえいえ」  「今もとても困ってるのよ、この人」  あたしはきっぱり顔を上げた。  「なんでもいってください。ご恩返しに、なんでもお手伝いします」     ◇  「そういうのは、話の内容聞いてから引き受けるもんだぞ」  ひぐっちゃんは窓枠に背中で乗って、足を上にしたとんでもないかっこうで、あたしに説教する。  あたしはまぶたを半分下げた。  「そんなに暇なら、ひぐっちゃん手伝えば」  「暇じゃねえよ、ああ爪伸びたなあ切らなくちゃ、忙しい忙しい」  器用に体をまるめて、真上の足の指をチェックしている。  このままどおん、と真横に押し出したい衝動にかられる。が、あたしももう子どもじゃないのでしなかった。  それに、今はわくわくうれしかったからだ。  「でもさあ、懐かしいよねえ、不思議だよねえ、こういうのを運命っていうんじゃないの」  「松宮のおぼっちゃんはやんの?」  気のないふうに足の爪をいじってる……でもあたしにはわかる。  カイの家や学校は都心にある。五年生のとき、ちょっとした事件で知り合った。そのころからあのとおりのおぼっちゃま。普通の大人から見たら、ちょっと変だけど頭もいいし常識もあるし、背もだいぶ高くなった。  ただ、なぜかあたしの顔見るたんびに、訳のわかんないこといいだすんだよね……つまり、その、将来あたしと結婚するとかそういうこと。  ほんと冗談やめてほしい。このごろは突っ込むのもめんどくさいので放置している。  「ダメなんだって、夏期講習とかキャンプとかいろいろお忙しいんだって、泣いてたよ、カイ」  「あはは、ざまー、一生行ってろ」  ひぐっちゃんは朗らかに笑う。  「あたしとあんなと、エースでやるんだよ」  「へえ、あいつも?」  意外そうな顔だ。  「そ、あんなはカフェであたしがショップフロアで、エースは皿洗いとか厨房のお手伝いをするの」  高橋さんの会社でやってる、カフェ付きのパン屋さんがある。   そこは昔、ひぐっちゃんの知り合いの鉢の木さんがやってたお店で、あたしとあんなは、小学生のときにちょっとお手伝いしたことがあった。鉢の木さんが外国へ行くことになったので、後を引き継いだのが高橋さんの会社だった。
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