第1章

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 だから、そこで最近従業員が急に何人もやめちゃって、高橋さんが困ってるって話を聞いたときは、夢じゃないかと思った。  それもちょうどこれから夏休みっていうタイミングで。これを運命といわずしてなにをいう?  あたしは両手をわんわん振って喜びを表現する。  「まさに、渡りに船! カモにネギ! 河童の川流れ! 弘法筆を選ばず! 瓜を二つに割ったよう! じゃない? あんなやエースといっしょにいられて、おまけにお小遣いまで手に入るんだよ、そして、その他の時間は好きなだけボールが投げられて……はああ、楽しみー」  今鏡で見たら、あたしの瞳にはきっと無数の星が輝いているだろう。空白だと思った夏休みが、急にきらきらし始めたんだもん。  ひぐっちゃんはうるさそうに体勢を立て直した。  「……今の中一ってだいたいこんなバカなの? それはともかく、鏡子さんは許したんだろうな?」  「もっちろん。おかあさんも喜んでるよ」  智春さんが心配してることはいわないでおこう。  「あたしはあれから一度も行ってないけど、あんなは地元だからちょこちょこ行ってたんだって。鉢の木さんのときとは違うけど、でも別のベクレルでとってもおいしいんだって」  「ベクトルな、バカ」  「人にバカバカいうのがバカだ」  あたしはぶうたれたけど、ひぐっちゃんは両手を上げて大きく伸びをした。  「じゃあ、たまには売れ残り持って来いよ、味見してやる」  エースといっしょにいることについては、特に不満はなさそうだ。    さっきから、あんながきゃあきゃあうるさい。  「かわいいかわいいよお」  そりゃこのユニホームはかわいいよ。深い紺色のワンピースで、真っ白なえりとエプロンが映える。昔の外国のメイドさんみたい。あんなみたいなタイプだったら、とっても似合うだろう。  でも、あたしみたいにショートカットでやせっぽちで背が高くって、色が黒いのが着たら、まるで下手な女装みたいじゃない?  「ううん、とってもかわいいよ、みずき。カイくんが見たら気絶しちゃうかも」  「ちょっと、あんなまでそんなこというの?」  「ひぐっちゃんだって喜ぶだろうねえ」  「やめんかー」  騒いでる更衣室に、上下真っ白なユニホームの小柄なおばさんが入ってきた。全体がころんとしてほっぺが赤くって、なんだかマトリョーシカみたい。  「お嬢さんがた、用意できた?」
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