第1章

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 あたし、エースのこと小さい子どもみたいに思ってた。恥ずかしい。    あんなもショップフロアでパンやお菓子を売るし、あたしもカフェでウエイトレスをする。パンやお菓子の名前と値段をすっかり覚えると、外国で言葉が通じるみたいに、仕事はずっと簡単でスムーズで楽しくなった。  それもきっとまわりの人から見たら、おままごとなんだろう。いっしょに働く人もお客さんもみんなやさしいし。きっと中学生並みの「社会」なんだと思う。  余裕が出てくると、エースの働きぶりも見えるようになった。ほとんど声は聞こえないけど、そのぶんあたしなんかよりも集中して仕事をしている。お皿や天板を洗ったり、調理台を磨いたり、焼きあがったパンを店に出したり、とにかく一生懸命働く。  あたしもがんばらないと。中学生並みでも、その中でうんとベストを尽くすのだ。     ◇  「ん?」  定期の拭き掃除をしていて、あたしはふと手を止めた。  なんだろう、何かが違う。  「どしたの、みずき?」  トレイをかかえたあんなが来た。  二時を過ぎた。忙しいランチとティータイムにはさまれた間の時間で、カフェには今お客さんがいない。ショップフロアでおばあさんがひとり選んでいるだけだ。  ちょうどエースが、焼きあがったクロワッサンのトレイを持ってきた。  「クロワッサン、焼き立てでーす!」  エースの代わりにあたしが叫んであげた。おばあさんがよろよろ近寄って、三つとってレジに向かう。    おばあさんが出て行ってから、  「どうかした?」  エースにも聞かれて、  「このバゲットの籠なんだけど……」  そんなに確信のあることじゃないので、首をひねりひねり答える。  「こんな、横っちょだったっけ?」  カフェとの境の棚だ。長いバゲットを立てて入れる籠。いつも真ん中にあると思ったんだけど、妙にきつきつでほかのパン籠にくっつけて置かれている。  エースはちょっとあきれたふうに、  「もどせばいいじゃん」  と真ん中にもどした。  「あ、」  あんながトレイを抱きしめる。  「わたしも、きのうそうやって直した」  「だから?」  エースはやっぱりあきれたふうに、厨房へ引っこんだ。  その日はそれで済んだ。    「でもそれから毎日、横っちょにいってるの、その籠が」  聞いてるのか聞いてないのか、ひぐっちゃんは味噌汁のしじみをちまちまほじり続ける。
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