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午前中からあたしはおつりを落っことしたり、パンを落っことし(危ないところでキャッチ)そうになったり、トレイを落っことしたりして、曽根崎さんを困らせた。優しい先輩を困らせて、心がちくちく痛む。
あんなも珍しくオーダーを聞き間違えたり、エースも焼きたてパンを違う籠に入れちゃったりしてたから、気にはしているのだろう。
お昼の一番混んでて、あたしがカフェにいるとき、とうとうそれは起こった。
「お待たせしました」
日替わりランチプレート(今日はロールキャベツ・トマトソース)をテーブルに無事置いて、ほっと顔を上げたとき見えた。
そんなに広いカフェじゃないけど満員だ。いくつものお客さんの頭の間、細いスペースの中で、バゲットがかすかに、けれども確実に、ゆさ、ゆさ、と動いている。
胸のどきどきが急に早くなる。
ここからじゃ、バゲットのてっぺんしか見えない、息を殺して、そうっと近づこうとしたけど、
「すいません、お水くださる?」
隣のテーブルに呼ばれてしまった。
「は、はい」
ひきつる笑顔で返事して、カウンターに水のポットを取りに行く。
グラスに水を差してから顔を上げたら、バゲットたちはすっかり静まり返っていた。
けれど、やっぱり籠はずいぶん端に寄せられていた。
あんなとエースを目で探すけど、ふたりはいっしんに働いている。あたしもお客さんに呼ばれて、その場を離れられない。
やっと上がりになって、更衣室に入ってもあたしはまだまだどきどきしていた。
後から来たあんなに話したら、あんなは首を横にふった。
「あたしは見なかった、動いてるとこ」
「そっかあ……あたしも、籠を持ってる手とかは見えなかったんだよねえ」
着替えてお店から出た。
裏口で待っていたら、少ししてエースも出てきた。顔を赤くして、ちょっと興奮している。
「おれ、見た、見たよ」
「「ほんとっ?」」
あたしとあんなはユニゾンで叫んだ。
「女の人……おっかあくらいの歳の、うっ」
あたしは思わず、エースの胸ぐらをつかんでゆさぶる。
「どんなどんなどんな、人?」
「いや、なんかフツーの人、そこらのスーパーとかにフツーにいる感じ、ごほっ」
エースはせきこみ、
「みずき、落ち着いて」
あんながあたしの手をはずさせてから、そっとエースの顔をのぞきこむ。
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