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げらげら笑いあっていると、あんなが深く深くため息をついた。
「もう、しょうがないなあ」
パステルブルーのデイパックを下ろして、手を突っこむ。
「みずき、これ使える? おとうさんに借りてきたんだけど」
「「おおう」」
あたしとエースは口をそろえた。
あんなのおとうさんの双眼鏡はとても性能がよかった。
「すんごい、すんごい、あ、曽根崎さんが何か話してる」
窓越しに、フロアの人の口の動きまで読めるのだ。
「バゲットの棚は見える?」
「うん、見える見える、すんごくよく見える。手を伸ばしたら犯人の耳でもつかめそう」
「じゃあ、おれ要らねえな、犯行の一部始終が見えるだろ」
双眼鏡をはずして、あたしはエースをにらむ。
「何いってんの? もしかしたら『きぼうの丘』を狙う、悪の組織が暗躍してるかもしれないんだよ? あんた高橋さんや店長が困ったらうれしい? さんざんお世話になっていながら」
エースはがっくり肩を落とした。
「やっぱ、こいつ頭わいてる……」
はたから見たら、こんな張り込みはどうかしている。
「ん」
眠そうだったエースが目を大きく見開いた。あたしをつつく。
「あの人かも……」
「どれ?」
あたしはすかさず双眼鏡をセットする。
エースはおろおろ店を指さす。
「今入っていった人、えっと、なんだあの色、黄土色か茶色か紫をうすくしたような……」
あんなも懸命に目をしかめて、なんとか肉眼で見ようとする。
「ライトベージュの半そでシャツの人? それともあの亜麻色のカーディガンの人?」
「亜麻色ってどんな色? でも、カーディガンだ、カーディガンの女」
あたしは双眼鏡をにぎる手にぐっと力をこめた。
「とらえたっ、カーディガンの女」
エースがいったとおり、そこらのスーパーにいるフツーの主婦って感じ。友だちのおかあさんって感じ。優しそうだし親切そうだし、とても悪の組織の手先には見えない。
しかし、本当の悪者というのはもしかしたら、ああいいうタイプかもしれない。サングラスかけて顔に傷、みたいな悪者は、今では時代遅れなのだ。
「「見える? みずき」」
ふたりがあたしに聞く。
つばを飲みこもうとするけど、口の中がからからでうまく喉が動かない。
亜麻色のカーディガンの女が窓から見えた。トレイとトングを手に、ごく普通にパンやお菓子を見ている。不審なところは何もない。
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