第1章

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 げらげら笑いあっていると、あんなが深く深くため息をついた。  「もう、しょうがないなあ」  パステルブルーのデイパックを下ろして、手を突っこむ。  「みずき、これ使える? おとうさんに借りてきたんだけど」  「「おおう」」  あたしとエースは口をそろえた。  あんなのおとうさんの双眼鏡はとても性能がよかった。  「すんごい、すんごい、あ、曽根崎さんが何か話してる」  窓越しに、フロアの人の口の動きまで読めるのだ。  「バゲットの棚は見える?」  「うん、見える見える、すんごくよく見える。手を伸ばしたら犯人の耳でもつかめそう」  「じゃあ、おれ要らねえな、犯行の一部始終が見えるだろ」  双眼鏡をはずして、あたしはエースをにらむ。  「何いってんの? もしかしたら『きぼうの丘』を狙う、悪の組織が暗躍してるかもしれないんだよ? あんた高橋さんや店長が困ったらうれしい? さんざんお世話になっていながら」  エースはがっくり肩を落とした。  「やっぱ、こいつ頭わいてる……」  はたから見たら、こんな張り込みはどうかしている。  「ん」  眠そうだったエースが目を大きく見開いた。あたしをつつく。  「あの人かも……」  「どれ?」  あたしはすかさず双眼鏡をセットする。  エースはおろおろ店を指さす。  「今入っていった人、えっと、なんだあの色、黄土色か茶色か紫をうすくしたような……」  あんなも懸命に目をしかめて、なんとか肉眼で見ようとする。  「ライトベージュの半そでシャツの人? それともあの亜麻色のカーディガンの人?」  「亜麻色ってどんな色? でも、カーディガンだ、カーディガンの女」  あたしは双眼鏡をにぎる手にぐっと力をこめた。  「とらえたっ、カーディガンの女」  エースがいったとおり、そこらのスーパーにいるフツーの主婦って感じ。友だちのおかあさんって感じ。優しそうだし親切そうだし、とても悪の組織の手先には見えない。  しかし、本当の悪者というのはもしかしたら、ああいいうタイプかもしれない。サングラスかけて顔に傷、みたいな悪者は、今では時代遅れなのだ。  「「見える? みずき」」  ふたりがあたしに聞く。  つばを飲みこもうとするけど、口の中がからからでうまく喉が動かない。  亜麻色のカーディガンの女が窓から見えた。トレイとトングを手に、ごく普通にパンやお菓子を見ている。不審なところは何もない。
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