第1章

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◇  夏休み。  おお、なんと甘美な、さわやけき、美しき……青山先生に添削されそうだからやめよう。  でもまあ、なにはともあれ一学期は終わった。きっぱりと。  そして空白のような長期休暇が始まる。  つまり、女子野球部はまだできてない、あたしをとりまく諸問題に劇的な変化はなかったってことだ。  勧誘ポスターは生徒会に邪魔されて貼れないし、稲尾先生は手続きやってるんだかやってないんだかよくわからないし。  家ではおかあさんはずっと残業続き、智春さんは家のことを完璧にこなしすぐ心配モードに入っちゃうし。  でも、劇的というほどじゃない、いやけっこう劇的かなと迷うくらいの変化がすぐそこに来ていた。  例えば、キャッチボールが夜から昼になった、とか。    終業式の帰り、友だちと別れてあたしは、ひとり森の公園に入った。  広場に出るところで急に声をかけられた。  「おす、みずき」  「お、うっす……あれ、エース?」  うわずった声を出してしまった。  「久しぶりい」  夜に行っても、このところ一週間くらい会えてなかったから、ちょっと心配してた。  昼間のエースって初めて見る、かも。  本人もちょっとはずかしそうだ。  「ごめん、あのさ……おれ、これからは夜遅く外に出られなくなった」  「ええ?」    近くのベンチに座って話す。  「おれさ、母親と引っ越したんだよ」  「そうなんだ」  「なんか変な家でさ、そこの子は門限7時なんだ」  「へえ」  門限って、リアルで聞くの初めてかも。  というわけで、エースは夜には家で寝て、昼間は起きてるようになったんだって。  あたしはちらちら隣を見た。  そういわれれば、最初会ったときからだいぶ変わった。  エースの変化は、明るいお日様のせいだけじゃなかった。顔も汚れてないし、長い髪はちゃんととかして後ろでひとつに結わえてた。服も、真っ白なTシャツにさっぱりしたデニムの短パンで、どこにもシミも穴も見えない。あたしの制服の方がよっぽど、だって一学期中一度も……(以下略)。  ともかく、エースの変化は、変化だけど、そんなに悪い変化じゃないっぽい。  きれいになったエースはくしゃっと前髪をかいた。  「だから、ここでキャッチボールはできないな」  「あ、そうか」  あたしたちは同時に前の広場をながめた。
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