第1章

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 最初の角を右に曲がって、もう一度右に曲がって、女は「きぼうの丘」の真裏のビルへ入っていく。  大きな建物だ。  「病院?」  あたしが聞くと、あんながうなずく。  「田畑こども病院だよ。あたし来たことある」 ここはあんなの家の近所なのを思い出した。あんなは小5のときにこっちに引越しした。小学校はそのまま、駅ひとつとなりのあたしの学校に通い続けたけど。  「俺も、ここ来たことある」  エースの昔の家もこの辺りなんだって。  「勝手に入って大丈夫だと思う?」  あたしが聞くと、ふたりともたぶん大丈夫だという。  女を見失ったら大変だ。あたしら三人は急ぎ足で、田畑こども病院に入っていく。  さわやかなクーラーの冷気。あっという間に全身の汗が引く。  消毒の匂い。目をつぶってたって病院ってわかる。  でも見た目はなんか……テーマパークのアトラクションの待ちスペースにも見えなくないこともない。室内の壁の色や表示板や家具はクリームや黄色やオレンジだったり、デザインもまるっこいから、とてもかわいらしい。  入ってすぐのロビーはにぎやかだ。たくさんの親子がベンチに座って、何かを待っているんだろうけど、普通の病院とはだいぶ違う。あっちこっちで赤ちゃんが泣いて、小さい子が走りまわる。そこへしょっちゅう「ピンポン」ってチャイムの音や、「〇番の方、〇番窓口へ~」とかのマイクの声がかぶさる。  そんな中、バスケのドリブルみたいに早足で、エプロンをした人や書類を持った人がすり抜ける。  「ここはお医者さんも看護師さんも事務の人も白衣や制服を着てないの。アロハやTシャツの人が多いんだよ」  あんなが教えてくれた。  エプロンの人や書類を持って歩き回る人たちはきっとスタッフだろうけど、忙しいのか、はたまた子どもがいて当然の場所だからか、ぼうっと立ち尽くすあたしたちに無関心だった。  「あそこ」  エースが指をさした。  亜麻色が一瞬ひるがえって、女は階段へ消えた。  小さい子にぶつからないよう気をつけながら、できるだけ早足で進む。さすがにあたしらみたいな「大きい子」が走ったら、スタッフさんに注意されるだろう。  せまい階段だから、目指す女の姿は見えない。頼りは足音だけだ。何階に行くのかわからないし、探してるうちに病室に入られたら捜索は絶望的だ。気ばかりあせる。  「おい、みずき」  エースが聞く。  「あ?」
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