第1章

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 視線の先には名前を掲示する欄がある。そのうち三つは空欄で、書かれていたのは一つだ。  「どした?」  あたしが聞くと、  「ううん」  首を振って、さっきと同じポーズで張りつく。  向こうからあたふたあせった足音が近づいた。  「みずき」  必死のひそひそ声で、あんなは早足でやって来た。  エプロンの女の人が来る。きっと看護師さんだ。明らかに何かいいたそうな顔でこっちをガン見してる。  「やばい」  あたしとエースはそれとなく壁から離れて、それとなく立ち去ろうとした。  「待ちなさい」  びしっといわれて、三人ともびくっとその場に止まった。  すぐに追いついた看護師さんは、きりっと眉毛を上げてあたしたちを見る。  「あなたたちなんです、病院に御用?」  「あ、あの、その」  あたしはとりあえず声を上げたけど、時間稼ぎにもなりそうにない。  あんなはもうすっかり、昨日打ったコンクリートみたいに固まっちゃってる。  看護師さんは両手を腰にやる。  「あのねえ、ここにいる子たちはみんな病気なの。外からのばい菌で悪くなることもあるのよ。遊び場にしていいところじゃない」  「ごめんなさいっ」  あわてて、あたしは頭を下げた。  「すぐ出ていきます」  ところが看護師さんは許してくれそうにない。  「保護者の方を呼びます。連絡先を教えなさい」  「えっ」  やばい、どんどん大ごとになっちゃう。おろおろ青ざめる智春さんの顔が浮かぶ。  「ぼくら」  声を上げたのはエースだ。  「友だちのお見舞いにきたんです」  看護師さんはエースをにらみつける。「その場しのぎに、すぐばれるうそつくんじゃないよ」って顔だ。あたしも同じこと思った。  「じゃあ、保護者の方に聞いてみましょう」  看護師さんはわざとみたいにゆっくりいった。  あんなはいまだフリーズ中。あたしも足の先からどんどん凍ってくる。  そこへ、  「あのう……」  ずっと後ろで、遠慮がちな声がした。  看護師さんはそっちを向く。別人のような笑顔とやさしい声だ。  「あらあ、うるさかったですね、ごめんね中川さん」  あたしたちはぎゅうっとくっつきあって、さらに固く凍りつく。  病室の入り口から顔を出したのは、亜麻色のカーディガンをはおった、あの女の人だった。     ◇  「驚いたわ、でもよく来てくれたわね」  亜麻色のカーディガンの人はにこにこうれしそうだ。
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