8人が本棚に入れています
本棚に追加
視線の先には名前を掲示する欄がある。そのうち三つは空欄で、書かれていたのは一つだ。
「どした?」
あたしが聞くと、
「ううん」
首を振って、さっきと同じポーズで張りつく。
向こうからあたふたあせった足音が近づいた。
「みずき」
必死のひそひそ声で、あんなは早足でやって来た。
エプロンの女の人が来る。きっと看護師さんだ。明らかに何かいいたそうな顔でこっちをガン見してる。
「やばい」
あたしとエースはそれとなく壁から離れて、それとなく立ち去ろうとした。
「待ちなさい」
びしっといわれて、三人ともびくっとその場に止まった。
すぐに追いついた看護師さんは、きりっと眉毛を上げてあたしたちを見る。
「あなたたちなんです、病院に御用?」
「あ、あの、その」
あたしはとりあえず声を上げたけど、時間稼ぎにもなりそうにない。
あんなはもうすっかり、昨日打ったコンクリートみたいに固まっちゃってる。
看護師さんは両手を腰にやる。
「あのねえ、ここにいる子たちはみんな病気なの。外からのばい菌で悪くなることもあるのよ。遊び場にしていいところじゃない」
「ごめんなさいっ」
あわてて、あたしは頭を下げた。
「すぐ出ていきます」
ところが看護師さんは許してくれそうにない。
「保護者の方を呼びます。連絡先を教えなさい」
「えっ」
やばい、どんどん大ごとになっちゃう。おろおろ青ざめる智春さんの顔が浮かぶ。
「ぼくら」
声を上げたのはエースだ。
「友だちのお見舞いにきたんです」
看護師さんはエースをにらみつける。「その場しのぎに、すぐばれるうそつくんじゃないよ」って顔だ。あたしも同じこと思った。
「じゃあ、保護者の方に聞いてみましょう」
看護師さんはわざとみたいにゆっくりいった。
あんなはいまだフリーズ中。あたしも足の先からどんどん凍ってくる。
そこへ、
「あのう……」
ずっと後ろで、遠慮がちな声がした。
看護師さんはそっちを向く。別人のような笑顔とやさしい声だ。
「あらあ、うるさかったですね、ごめんね中川さん」
あたしたちはぎゅうっとくっつきあって、さらに固く凍りつく。
病室の入り口から顔を出したのは、亜麻色のカーディガンをはおった、あの女の人だった。
◇
「驚いたわ、でもよく来てくれたわね」
亜麻色のカーディガンの人はにこにこうれしそうだ。
最初のコメントを投稿しよう!