第1章

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 先を行くエースはあたしを振り向き、ちょっと笑う。  「サメじゃねえ、ワニだ。とおっ」  果敢に、二つ抜かした向こうの石へ跳んだ。  あたしはげらげら笑う。こういうの、すぐにわかる子とわからない子がいるんだ。  「よおし……とおっ」  対抗して三つ抜かしに挑戦したけど、失敗してあたしは苔の沼に沈んだ。    やっと玄関にたどりついた。  全体は三角屋根で洋風な建物なのに、入り口は和風の引き戸だ。エースががらがら開けると、曇りガラスがびりびり鳴った。  よその家のにおい。旅館みたいな広い玄関。  旅館と違うのは、わきにすのこと靴箱があって、傘があったり縄跳びの縄がかけてあったり、なんだか学校チック。その隣には郵便ポストがたくさん並んでいる。ここで靴を脱いであがって、それぞれの部屋へ行く方式なのだろう。  靴箱の反対側に小さなカウンターと窓がある。そこから人が顔を出した。  「おかえりなさい、しげるちゃん」  歳はうちのおかあさんくらいかな。きちんとした感じの女の人が顔を出した。  「ただいま、高橋さん」  ってエースは普通に答えた。  「あ、その子ね、こんにちは」  やさしそうな人だ。にっこりする。  「こんにちは、相川瑞樹です」  あたしはぺこりと頭を下げた。  「寮監の高橋かおるです。その制服、五中?」  あたしみたいな子どもにちゃんとフルネームで自己紹介してくれた。  「はい、一年生です」  「まあ、なら……」  エースは靴の先でふくらはぎをかきながら、あたしたちの会話を聞いていたけど、思い切ったふうに、  「高橋さん裏庭でキャッチボールしていい?」  って一息で聞いた。  「キャッチボール?」  高橋さんはちょっと困った顔になって、窓から引っ込んだ、と思ったら向こうのドアから出てきた。  「……うーん、キャッチボールかあ、あそこ草ぼうぼうよ」  会社に行くみたいなスーツ姿だ。  「おれ、草むしりします」  エースは辛抱強くいった。  はっと気がついて、あたしはいった。  「あたしたち、とても上手なんです。建物の壁やガラスにぶつけたりしません」  高橋さんはくすりと笑い、玄関のすのこへ下りた。  「それはさぞ、上手なのねえ」  顔や体がちょっと熱くなる。だいぶ出しゃばりな言い方だった。  「じゃあ、ちょっと見に行ってみましょうか」  そういって、高橋さんは近くのサンダルをつっかけた。  
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