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「おっと、熱いよ、気をつけて」
小さい子にするみたいに、カイはエースの腕をつかむ。
「これはサモアルだよ。ロシアの湯沸かし。さっき炭をセットしたから、中は熱湯でいっぱいだ」
後半、姿が見えないと思ったら、そんなことしてたんかい……あたしはあきれたけど、みんなは興味しんしんだ。
カイの荷物は四次元ポケットみたい。リュックから、赤白チェックのテーブルクロスやポットが、四角いカバンからはほうろう製のカップや皿、スプーンなんかが次々に出てくる。
「わあ、きれい」
あんなが歓声を上げる。
カイが赤や黄色やオレンジ、色とりどりのびん詰を取り出して並べる。
「ロシアではジャムをなめながら紅茶を飲むんだ。濃いからサモアルのお湯で好きにうめてね」
「なにその、すてきにけしからん風習」
あんなは深いピンク色のびんを取り上げた。
「これは何のジャム?」
「薔薇さ」
「きゃっ」
両手でほっぺをおさえて、もう少しでジャムのびんを落っことすところだった。あんなは何か、彼女基準の「すてきなもの」に出会うとこんな反応をする。
「冷えたコーラないの?」
夏休みの、それも重労働あとの中学生としてとてもまっとうな、あたしの意見は無視された。
そんなこんな騒いでいたら、きさらぎ荘から何人か出てきた。お菓子や冷たい麦茶やレモネードを持ってくる人もいて、ちょっとしたパーティーみたいになった。
「お騒がせして、どうも一日ご迷惑をかけました」
カイが道路工事の看板みたいな口調で謝ると、
「いいええ、こんなに若い人がいると、空気だけでも華やぐわあ」
上品な白髪のおばあさんが優雅に微笑む。
赤ちゃんを抱いた若いおかあさんもにっこりする。
「ここ蚊がうんといたのよね、すっきりしてもらってうれしいです」
その足元では、小さいきょうだいがクッキーをとりっこしている。
ジャムのスプーンをくわえたまま、エースがあたしにささやく。
「おまえのカレシすげえなあ」
「……カレシじゃないよ。変人なだけ」
あたしはむっとふくれたけど、夕焼け空にひるがえる緑のネットを見上げた。うっとりしてしまう風景だ。
「でも、エースありがとうね。こんなすてきな練習場、校庭よりか上等だよ」
「俺は私利私欲だ。でも、女子部ができたらここで練習できるな」
「できるかなあ……練習じゃなくて、女子部が……」
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