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「もう私絶対にお年寄りに席譲らない」
夕飯の時、真由子がポツリと寂しげに呟いた。
「何さ、突然」
息子が尋ね、麻子もどうしたのかと彼女の顔を見て答えを待った。
「……今日、バスでね」
そう言ってまた言葉が止まる。
何かを思い出したように苛立ちながらため息を吐くとトンカツを一口食べ、もぐもぐと雑に咀嚼する間も二人は娘を見続けた。
ようやく飲み込んだのか、またとつとつと話し始めた。
真由子が学校の帰り道バスに乗っていたところに、お年寄りが乗ってきた。
真由子の座っていた席から少し離れたところだったが、相手は自分の祖母くらいに見えた。
どうしようかと迷ったが席を譲ろうと声を掛けたのだ。
「あたしゃ、そんな年寄りじゃありません!」
返ってきた言葉はあまりにも冷たく、ピリャリと真由子の心に冷水を掛けた。
その声はバス内に響くほど大きく、結局真由子は居たたまれず次のバス停で降りた。まだ五つほどのバス停を通過するはずだったのに。
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