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雪子は羽田空港で待っていた。国際線の到着ロビーには、ドラマのワンシーンでも見せつけられているような恋人たちの抱擁がそこかしこで目についた。
いい大人たちが、なんてふて腐れた14歳の雪子が待っているのもまた恋人。雪子は今日この場で別れを伝えるつもりだった。
「何で私には教えてくれないの?」
約2ヵ月ぶりの再会に雪子は駆け寄ることなく出迎えた。腕を組んだまま大きな瞳で睨んでみせた。タイトなジーンズに白地のTシャツ。シンプルな服装そのままの性格の雪子は、思ったことをはっきりと面と向かって伝える性格。それが今日はやけに回りくどい言い方になってしまう。
「今日帰ってくること言われてないんだけど」
恋人の翔星はニュージーランドに2ヵ月滞在していた。目的はスノーボードのワールドカップに参戦すること。翔星は14歳にしてプロ選手として表彰台を争うレベルにあった。
競技種目はハーフパイプ。その名の通り、パイプ管を半分に切ったような雪上のコースをジグザグに滑っていく競技。
コースの全長は180m。傾斜角度は18度。曲線を描く壁の高さは7m。リップと呼ばれる壁の頂点の縁から滑り降りて向う側のリップを飛び出せば、トップ選手ならそこからさらに6m以上のジャンプが可能。もしも突風に煽られたのなら、落下した地面は雪というよりも強く押し固めれた氷。
翔星はそこへ叩きつけられた。大会前の練習中だった。意識を失って手術をするほどの事だった。
「歩いてみせてよ」
雪子は荷物を積んだカートを翔星から奪って到着ロビーの先を指さした。翔星は普通に立っているし、ここまで歩いて出てきていた。それでも歩けと言ったのは、怪我も手術も翔星からは知らされなかったからだ。知っているんだぞってことが言いたかったのだ。
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