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ラムネの頃
彼女はその後、ぼくが泣き止むまで何てことのない話をしてくれた。
「あなた、多分書くのに向いている気がする。夢想するのには向かないけど、エッセイとか書いたら面白いかも」
「じゃあ、村中さんのために台本を書くよ」
「話聞いてた?エッセイみたいな方が向いてるってば。その時は、演技してるあなたじゃなくて、本物のあなたで書くの。私、じゃなくて、ぼくで」
本当に何もかも、彼女にはお見通しだった。
「いつから気づいてた?」
「去年の今日から」
しかも出会った時から。
「そろそろ行かなくていいの、文化祭委員さん」
「今年はOGだから、お手伝いみたいなものだし」
「でも、あなたが戻らないと図書室の報告が上がらずに、皆はいつまでも帰れない」
確かにその通りだった。でも、なんとなく分かっていた。これが最後だと。行きたくなかった。
「これ、あげるわ。私だと思って大切にして」
そう言って渡されたのは、普段なら買わないだろう赤い栞だった。
「ありがとう」
「ほら、行った行った」
図書館から追い出される間際、また呼び止められた。
「純ちゃん」
「何、改まって」
「大好きよ」
彼女の影が、揺らめいて見えた。
「私たち、大人にならなければ幸せなのにね」
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