ラムネの頃

1/1
前へ
/12ページ
次へ

ラムネの頃

 彼女はその後、ぼくが泣き止むまで何てことのない話をしてくれた。 「あなた、多分書くのに向いている気がする。夢想するのには向かないけど、エッセイとか書いたら面白いかも」 「じゃあ、村中さんのために台本を書くよ」 「話聞いてた?エッセイみたいな方が向いてるってば。その時は、演技してるあなたじゃなくて、本物のあなたで書くの。私、じゃなくて、ぼくで」  本当に何もかも、彼女にはお見通しだった。 「いつから気づいてた?」 「去年の今日から」  しかも出会った時から。 「そろそろ行かなくていいの、文化祭委員さん」 「今年はOGだから、お手伝いみたいなものだし」 「でも、あなたが戻らないと図書室の報告が上がらずに、皆はいつまでも帰れない」  確かにその通りだった。でも、なんとなく分かっていた。これが最後だと。行きたくなかった。 「これ、あげるわ。私だと思って大切にして」  そう言って渡されたのは、普段なら買わないだろう赤い栞だった。 「ありがとう」 「ほら、行った行った」  図書館から追い出される間際、また呼び止められた。 「純ちゃん」 「何、改まって」 「大好きよ」  彼女の影が、揺らめいて見えた。 「私たち、大人にならなければ幸せなのにね」
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加