文化祭当日

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文化祭当日

 あれから何年たっただろう。また文化祭の日が来た。この母校の女子高に来るまで何校か勤めたが、ここは飛び切り落ち着いていてやりやすく、苦にもならない。何の因果かまた文化祭委員のネックタグを下げ、あちこち走り回っている。お陰様でこの期間、ろくに帰った覚えがなくクタクタだ。それでも演劇部だけは見てあげたいと、急いで体育館に駆け付ける。一番後ろの席を、相沢が陣取っていた。 「先生!間に合った、よかった!」  ありがたく、その席に陣取る。年甲斐もなく周りを見回してしまった。それらしき人は、いなかった。  ブザーが鳴って暗転し、一瞬の異世界。再びの明転。響く拍手。今年は流石に仕上がりが早かった分、出来も良かった。相変わらず筋はよく分からなかったけれど。明日もまだ本番がある。相沢はきっと喝を入れるのだろう、台本にびっしりとメモを取っていた。搬出を手伝い、部室に戻る。また早足で歩き出す、今度はクラスに戻らなければいけない。高校生にはあんなに似合うカラーのポロシャツは、ぼくが着るとどうにも恰好がつかなかった。 「ママ!」  後ろから相沢の声がした。私は歩く速度を速めた。向かいから、初恋の人。普通だった。どこにでもいる、美人の女性だった。元女優というのがよくわかる美貌で、ぼくと同じ年とは思えなかったが、どこかが普通だった。あの夏の、化粧をした村中さんがそのまま大きくなったようだった。あの頃の彼女は、もうどこにもいなかった。  「彼女」の言葉が耳を貫く。 「大人にならなければ幸せなのにね」  彼女の声が頭をよぎる。  「ママは全然読まないから」  ああ、そういうことか。大人とは、嘘をつく生き物だ。大人とは、何かを捨てながら生きていく生き物だ。大人とは、ままならない中で生きる生き物だ。でも、大人にならなければ、人は生きていけない。生きていけないよね、村中さん。
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