文化祭2週間前

1/1
前へ
/12ページ
次へ

文化祭2週間前

 読んではみたものの、やはり戯曲は面白くなかった。特定の作品ではなく、戯曲そのものが苦手だと気づいたのはこの時だ。何故かは未だにわからない。もっと分からないのは、ぼくが戯曲を読まざるをえない立場にいることだ。演劇部顧問。我が女子高の華である演劇部は、その分活動も多い。醜い押し付け合いを見ていられずに、戯曲嫌いも忘れて手を挙げた。ぼくのような人間を阿呆という。 「その栞、可愛いね」 「貰いものでね」  部長の相沢が声をかけて来る。細面でショートカット、図抜けた美人で、母親は女優というのが専らの噂だ。ありとあらゆる運動部にスカウトされたようだが、全て蹴って演劇部を選んだ。 「何読んでるの」 「これ」  ぼくは背表紙を見せる。 「純ちゃん、そういうの読むんだ」 「先生のことをあだ名で呼ばない」  いつもしゃかりきに動く良い部長だが、唯一の難点はぼくへの敬意が全くと言っていいほどないことだ。 「はーい、高木先生」  芝居がかった台詞は、彼女が役者ではなくスタッフということを再認識させる。 「良い返事だ」  破顔した相沢は、抱きついてくる。 「戯曲の勉強してくれてるんだ」 「一応顧問だからね」  相沢の眉間にしわが寄る。 「それ、面白いと思った?」 「いや、一度も読み通せたことない」  また笑顔が戻る。くるくるとよく表情の変わるやつだ。 「じゃあ純ちゃん、私と一緒だ」 「相沢さんも、読んだことあるんだ?」 「あるよ、演劇部に入ったっていったら、お父さんが勧めてきた」  それはまた、結構なことである。文化の気風が全くない我が家との差に思いを馳せる。 「文化的なおうちだね」 「本ばっかりあるの。ママは全然読まないから、パパの本ばっかり」  そう言って笑う相沢の顔が、しばらく目に焼き付いて離れなかった。とても、グロテスクだったから。  
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加