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文化祭2週間前
読んではみたものの、やはり戯曲は面白くなかった。特定の作品ではなく、戯曲そのものが苦手だと気づいたのはこの時だ。何故かは未だにわからない。もっと分からないのは、ぼくが戯曲を読まざるをえない立場にいることだ。演劇部顧問。我が女子高の華である演劇部は、その分活動も多い。醜い押し付け合いを見ていられずに、戯曲嫌いも忘れて手を挙げた。ぼくのような人間を阿呆という。
「その栞、可愛いね」
「貰いものでね」
部長の相沢が声をかけて来る。細面でショートカット、図抜けた美人で、母親は女優というのが専らの噂だ。ありとあらゆる運動部にスカウトされたようだが、全て蹴って演劇部を選んだ。
「何読んでるの」
「これ」
ぼくは背表紙を見せる。
「純ちゃん、そういうの読むんだ」
「先生のことをあだ名で呼ばない」
いつもしゃかりきに動く良い部長だが、唯一の難点はぼくへの敬意が全くと言っていいほどないことだ。
「はーい、高木先生」
芝居がかった台詞は、彼女が役者ではなくスタッフということを再認識させる。
「良い返事だ」
破顔した相沢は、抱きついてくる。
「戯曲の勉強してくれてるんだ」
「一応顧問だからね」
相沢の眉間にしわが寄る。
「それ、面白いと思った?」
「いや、一度も読み通せたことない」
また笑顔が戻る。くるくるとよく表情の変わるやつだ。
「じゃあ純ちゃん、私と一緒だ」
「相沢さんも、読んだことあるんだ?」
「あるよ、演劇部に入ったっていったら、お父さんが勧めてきた」
それはまた、結構なことである。文化の気風が全くない我が家との差に思いを馳せる。
「文化的なおうちだね」
「本ばっかりあるの。ママは全然読まないから、パパの本ばっかり」
そう言って笑う相沢の顔が、しばらく目に焼き付いて離れなかった。とても、グロテスクだったから。
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