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雪の季節
あの時以来、図書館に行くと村中さんが話しかけてくるようになった。誰もいないときだけだったけれど。「美人の図書委員」でしかなかった村中さんが、少しずつぼくの中で色づいていくのが分かった。実はよく笑う、声が可愛い、ぼくが彼女に抱く陽だまりのような気持ちを、恋と呼びたくはなかった。
冬になると、彼女は戯曲を読むのをぱたっと止めて、小説を読むようになった。厳密にいえば小説だけでなく、変な図鑑や雑誌も読んでいたけれど、とにもかくにも戯曲は読まなくなった。
「何読んでるの」
「これ」
題名を教えずに表紙を見せる癖は、いつだって変わらなかった。
「昆虫図鑑、なんで?」
「今回の芝居でちょっと必要で」
今演劇部の顧問になって思う、演劇において昆虫図鑑を使う機会など滅多にない。彼女の関わっていた舞台がどのような物だったのか、今に至るまで分からない。当時のぼくに、演劇を見に行くような甲斐性はなかった。
「戯曲、最近読んでないね」
「別の台本貰ってる時に、戯曲は読みません。話が混ざるの嫌いなの」
小説なら混ざらないのか、と些か疑問ではあったが、そういうものなのかと思い込むことにした。
「あなたは?読まないの?戯曲、あの後」
「やっぱりよく分からなかったから」
村中さんは、それを聞いて微笑んだ。
「どこが分からないの?」
「演劇分からないから、イメージが出来ない」
村中さんの目は、俗に言う三白眼だった。白目が多い分、彼女の目が動くとよくわかった。誰かは彼女の目を、ビー玉と呼んでいた。白目の中に転がるビー玉は、他の誰の目とも違っていた。だから、あの時の目が忘れられない。
「いつも演技をしてるのに、演劇は分からないのね」
彼女の目はぼくの中の何かを捉えていた。
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