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桜の季節
春が来た。ぼくは3年になった。受験生になり、本を読む回数も減った。それでもわざわざ、勉強場所に図書室を選んでいた。一方の村中さんは、まだ焦ることはないといわんばかりにいつも本を読んでいた。
「何読んでるの」
「これ」
髪は急に短くなったけれど、癖はそのままだった。
「また戯曲読んでるんだ」
「うん、私にとってはある意味勉強」
物理よりは面白そうで、少しだけ羨ましいと思った。
「目指すの?女優」
「そっちじゃない」
他にどっちがあるのか分かるほど、ぼくは演劇に詳しくなかった。
「何やりたいの?」
彼女は呆れたように空を見上げた。それほど芝居じみた動きが出来るあたり、やはり女優向きではないだろうか。
「脚本書きたいの。そのために大学行く」
素敵な夢だ、今なら素直にそう思える。でも、今思えば大学に行く理由なんて考えたこともなかったぼくにとって、あくせく親の望みの進路に向かうぼくにとって、いつもノートと向き合うぼくにとって、あまりにも彼女は眩しかった。言ってはいけないことを、言った。
「美人なんだから、女優の方が向いてるんじゃない?」
村中さんは笑った、グロテスクに。
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