文化祭の季節

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文化祭の季節

 村中さんはその日も、図書室で一心不乱に本を読んでいた。周りの喧騒なんて耳に入らないかのように。夕暮れの図書室に浮かび上がる彼女の影は、あまりにも美しかった。いつもなら絶対に声なんかかけられないのに、ぼくは、胸に下がる文化祭実行委員の名札を口実に、彼女に呼びかけた。 「何読んでるの」  下校の時間と伝えるはずなのに、訳の分からないことを聞いてしまった。ただ、この質問がお気に召したようだ。返事をもらえた。 「これ」  そっけなく言う彼女が見せてきた本の背表紙には、見覚えがあった。 「演劇の台本、だよね」 「そう、戯曲だよ。知ってるの?」  こんなに生き生きと話す彼女を初めて見た。誤ってこの本を手に取った昔の自分に、心から感謝した。 「本は読むよ、でもこういうのは苦手。間違って読んだから覚えてた。」 「戯曲も面白いよ」 「どこが?」 「読めばわかる」  差し出された本をうっかり手にとってしまったあたり、村中さんの美しさに憑かれていたとしか思えない。 「貸し出し手続きしてくる」 「きちんとしてるね、さすが図書委員」  村中さんの細い指が、貸し出し台帳に伸びる。字まで綺麗なんだと思わず見とれた。 「文化祭委員さんは?働かなくていいの?」 「あ……最終下校ですよ」  村中さんは本を渡しながら、そっと人差し指を立てた。そしてスカートを翻し、席へと戻っていった。
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