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そういうところはとても同僚とよく似ていると思う。まっすぐさならば、後輩のほうが上かもしれない。
「先輩は僕の憧れなんです。そのためにもっと努力して、成長して」
「まだまだ足りません。視野の広さも、掘り下げ方も」
「こんなところで止まっていられないんです。ましてや、ライバルに」
言いかけて止まった。無言でキュウリを食べ始める。
ーーライバルに、慰められるなんて?
言わなかった言葉を続けてやる。
止めたのは恥ずかしさや、後ろめたさがあったからではない。伝えてしまえば相手の重荷になると感じたから。フェアではないと感じたからだろう。
彼は自分をそう評価している。宣言されれば譲ってしまうタイプだと思っている。ここで伝えてしまえば正当なライバルでなくなってしまう。
彼はとても純粋に、同僚のことを好いているのだ。だからこそ、その関係を進めるのは自分と相手であるべきで、余計なものは極力ナシにしたい。明らかにするのはここではない。
まっすぐさが、少しまぶしい。自分に対しても、敬意を払っているのがわかる。
そうだねと伝えてやった。気が付かなかったフリをした。
自分はそんなに綺麗なものではない。年相応に老獪さも身に着けている。
例えば、長年見てきた幼馴染を他所にやらないように手を打ったり。
例えば、かわいい後輩の気持ちを知りながら自分の気持ちを隠したり。
例えば、こっちに合流したいと言ってきた同僚のメールを教えてあげなかったり。
追加の注文をする。湯豆腐と焼き鳥のセット、そしてお代わりのビールを頼む。
「もうそろそろ、アイツもこっちに来ると思うよ」
「えっ、先輩来るんですか? ちょっとトイレ行ってきます!」
身なりを直しにいったのだろう。後輩は慌てて席を立った。
湯豆腐と焼き鳥のセットが届いた。湯気でメガネが曇る。
空になった皿を片付ける店員に一品、追加の注文をした。少し時間のかかるが、この店でお気に入りの、同僚の大好物である。今頼めば、到着し一息ついたころに来ると思う。
「こういうところ人様には見せられないよねえ」
やがて、自分の名前を呼ぶ大きな声が聞こえてきた。振り向いて笑顔で手を振ってやる。
慌てて戻ってきた後輩が出迎えに走った。
「ああいうのも、たまにはアリなのかな?」
さらに取り分けた湯豆腐にポン酢が染みていく。
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