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***
「那奈」
背後から切羽詰まった萌香の声がした。わたしが振り向くと、萌香ははあはあと息を整えていた。
(やっぱり、走ってきてくれたんだ)
「遅くなってごめんね。ねえ、あの人たち……」
「うん。お兄ちゃんとお兄ちゃんの恋人」
萌香は公園から出ていく二人に視線をとどめて「そうなんだ」と呟く。
「萌香、どうして二枚もジャケット持ってるの?」
萌香はジャケットを着ているのに、もう一着、手にかけている。
「だって那奈が家を追い出されたって言ったから、着の身着のままなのかと……」
(……萌香のこういうところが本当に好き)
わたしは、ほほを上気させている萌香の両手を取ると、にこりと微笑む。
「ねえ、これからデートしない?」
「えっ、デートって」
「お兄ちゃんとお母さんにお小遣いもらったの。だからこれから映画を観に行こうよ。でもその前に昨日の告白の返事をさせて」
萌香の両目からぽろぽろと涙が転がり落ちていく。
(ああ、松本さんの言ったとおりだ――)
わたしを想うその涙は、どんな宝石よりもきれいできらきらと輝いていた。
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