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あれほど数日前からうれしそうだったお母さんの声が聴こえてこない。
しばらくしてお父さんが「ここではなんだから中に上がりなさい」と、お兄ちゃんに言った。
なんだかものすごい緊張感。やっぱりわたし、このまま部屋にいようかな……。
階段に背中を向けたら、トントンと慌てたような足音がした。振り返ったら、そこには怖い顔をしたお母さんが階段を上がってきていた。
(もしかしてこの服、だめだった?)
「あのね、今から降りてお客さまにあいさつしようかなって……」
「那奈。あいさつなんていいから、ちょっと外出してなさい」
「えっ。どうして」
「どうしても。これあげるから、お友だちと遊んできなさい」
お母さんがわたしの右手に何かの紙を握らせた。訳が分からないままバッグとスマホを部屋に取りに行く。慌てて玄関に向かい、シューズクローゼットからパンプスを出そうとすると、二つの大きな靴が三和土に並んでいるのが見えた。
(あれ。なにか変じゃない?)
その違和感が何なのかわかる前に、お母さんが早くと急かした。
「連絡があるまでは帰ってきちゃだめよ」
「ねえ、なんなの。どうしてお兄ちゃんに会っちゃだめなのよ」
ドアの外に追い立てられて振り向くと、廊下の奥から「那奈」と、わたしを呼ぶお兄ちゃんが見えた。
「お兄ちゃ……」
「早く行きなさい!」
お母さんの厳しい声にびっくりする。でも、わたしはその直前に見えた、お兄ちゃんの隣に立っていた人の姿にもっと驚いていた。
その姿を確かめる間もなく玄関のドアが閉められて、わたしはしばらくその場に立ち尽くした。
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