お兄ちゃんの恋人

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*** (しまった。コートを持ってきたらよかったな)  秋の昼下がりの風は思いのほか冷たくて、わたしは寒さを我慢しながら近所の公園のベンチに座っていた。  お母さんがくれたのは五千円札だった。これが、わたしをのけ者にした代金ってわけだ。  このお金で街に出てもよかったのだけれど、なぜかわたしは家から離れたくなかった。それは家を出る瞬間に見えた、あの光景のせいだ。  玄関にきちんと並んだ二つの革靴とスーツを着たお兄ちゃん。そして、お兄ちゃんの隣に立っていた人も同じスーツ姿だった。 (お兄ちゃんの付き合ってる人って、男なの?)  考え込んでいたら、手に持っていたスマホが鳴った。画面には萌香からのLINEの文章が表示されている。 『那奈、昨日はごめんね。もし時間があるようなら会ってちゃんとあやまりたい』  キュッとのどが詰まる。わたしは急いで返信をした。 『わたしのほうこそごめん。今、家追い出されて近所の公園にいるの。外、さむい』  送信した瞬間に既読がついて『すぐに行くから待ってて』と吹き出しが現れた。それだけだったのに、わたしはとてもホッとする。 (萌香、どれくらいで来てくれるかな。あの子のことだから、きっと一生懸命走ってきてくれるんだろうな)  昨日のケンカはわたしが悪かった。萌香はいつも優しいから、わたしはあの子に甘えすぎていた。お兄ちゃんが結婚して自分から離れてしまう不安を萌香に勝手にぶつけてしまって、あの子の気持ちをぜんぜんわかっていなかった。  萌香が公園に来るまでの間、わたしは萌香とのLINEのやり取りを過去へと遡って眺めて過ごすことにした。
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