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公園を吹き抜ける風に乗って、誰かの足音が近づく気配がした。萌香だと思って顔を上げたら、休日なのにスーツにネクタイ姿の男の人が目の前に立っていた。
「那奈ちゃん?」
「そうですけど……」
「ああやっぱり。大樹が話してくれたとおりだ」
声をかけてきたのは、お兄ちゃんが連れてきた人だった。初対面なのに親しげに話しかけられて、わたしは驚いた。
「隣に座ってもいい?」と訊かれて、戸惑いながらもお尻を少し横にずらす。すると男の人は「ちょっと待ってね」と公園の入り口に小走りで向かうと、戻ってきたときにはあったかなココアの缶をわたしに差し出してくれた。
お礼を言って受け取ると「どういたしまして」と彼は笑った。そのくしゃっとした笑顔に不思議と緊張感が薄らいでいく。
「ごめんね。僕が来たせいで那奈ちゃんに迷惑をかけてしまったね。あ、僕の名前は――」
「松本さんですよね」
「そうです。玄関での挨拶が聞こえていたんだね」
照れ笑いのままで松本さんは缶コーヒーに口をつけた。わたしも両手に包んだ缶からココアを一口飲み込むと、
「あの……、お兄ちゃんが話していたとおりって」
「大樹はいつも那奈ちゃんの話をしてくれるんだ。今日初めて会って、聞いてたとおりにかわいらしい女の子だなって」
お兄ちゃんがいつもわたしの話をしているなんて、ちょっと照れくさい。
「もう、お話はおわったんですか?」
「いや。予想通りというか、かなりご両親を驚かせてしまって……。家族だけで話がしたいということで、僕はここで待つように大樹に言われて来たんだ」
(家族だけって、わたしは完全にその中から外されているんですけど)
かなり面白くない状況に、知らないうちにふくれっ面を作っていたようだ。隣の松本さんの肩が細かく揺れている。
「そこ、笑うとこじゃないし……」
「ああ、申し訳ない。でも本当にかわいいなって」
さっきからこの人にかわいいって言われると、照れくさいけれどうれしくなる。
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