お兄ちゃんの恋人

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お兄ちゃんの恋人

那奈(なな)、いつまでもゴロゴロしていないで早く着替えなさい。もうすぐ、お兄ちゃん帰ってくるわよ」  リビングのソファの上で、いまだにパジャマのまんま寝ころぶわたしにお母さんの小言が止まらない。 「母さん。玄関の花、少し枯れてるぞ」  お父さんに言われて「はいはい」とお母さんは忙しい。そんなこと、気がついたお父さんがやればいいのに。  ぼんやりと視ていたテレビを消して、大きく伸びをするとリビングから出て二階の自分の部屋へ行こうとした。階段を上りかけたら、「今日はきちんとした格好をしなさいよ。それから、いつまでもふて腐れないの」と、花瓶の花をいじるお母さんがダメ押しの一言をわたしの背中に投げかけた。 「わかってるよ、そんなこと」 (ああ、どうしてこんなときに萌香(もえか)とケンカしちゃったんだろ)  昨日、学校で親友の萌香を怒らせてしまった。本当なら、今日は萌香と映画に行く予定だったのに。  朝から浮き足立つ両親の姿に、わたしはますます面白くない。 (お兄ちゃんが彼女を連れてくるだけじゃん。まだ結婚する相手かどうかもわからないのに、なにをそんなにそわそわしてんの)  部屋に戻って服を選びながら「どうしてわたしも会わなきゃいけないのよ」と誰も聞いていないのに文句を言った。  それでも、お気に入りのワンピースに袖を通して姿見の前でポーズを取る。お兄ちゃんに会うのはお正月以来。仕事の関係でお兄ちゃんが県外に転勤して、お盆休みも戻ってこなくて寂しい思いをしていたから、ひさしぶりに会えるのはものすごくうれしい。 「そうだ。この前買ったリップ、今日使っちゃお」  ドレッサーの前に腰かけて、新しいリップグロスを箱から取り出す。萌香が「この色、那奈にすごく似合うんじゃない?」って選んでくれた艶のあるピンクを唇に乗せる。 「うーん。唇だけじゃ、バランス悪いかな?」  ティッシュでグロスをオフして、本格的にメイクをすることにした。こうなれば、お兄ちゃんが連れてくる彼女よりも可愛くなってやろう。  鏡に映る自分に気合を入れて、前髪をヘアピンで留めた。
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