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牛丼屋から橋と道を一本ずつ渡ったすぐ向こう側、高架の先に、周りの建物よりもひときわ目立つ大きな電飾の付いたビルがある。窓の外からでも見える無数に並ぶ黒い機械と、カラフルな光の点滅。開閉するたび豪雨のようなざあざあという音と高い電子音、タバコのにおいを道まで溢れ出させる自動ドア。
牛丼屋のブラピはそのドアに吸い込まれていく。その上にはでかでかと『パチンコ★ハリウッド』の文字が躍っていた。
何のことはない、パチンコ屋の名前だったのだ。
―――それで、『ハリウッドから来て、ハリウッドに帰る』……。
周辺にあまり飲食店がないからパチンコ屋の客は川を越えて牛丼屋に足を延ばし、あの店によく来るあのカップルは暇つぶしに店の客のうちどれがパチンコ屋の客でどれが関係ない客かを当てる推理ゲームを、俳優の名前を隠語にして楽しんでいたんだろう。
分かってしまえば本当にどうでもいいようなことだ。でもそのとき俺は、このことをあいつにどうしても言いたい、と思った。それも、今すぐに。
帰りは走った。ひとつ寄り道をしながらも、牛丼をかっこんだばかりのわき腹が痛くなるくらい走って、走って、オートロックもエレベーターもないアパートの階段を駆け上がって、2階の部屋のインターホンを鳴らした。
「……はい」
久しぶりの声。聞き慣れた声なのに、耳にした瞬間心臓が跳ねあがる。
「柿田、俺だけど」
「えっ、ワタル!? ―――すぐ出る、待ってて!」
ドアの向こう、急いで走って来る音がして、ついでに何かにぶつかって倒す音もして、バタンと勢いよくドアが開いた。
「ワタル、お前、どうして―――」
「柿田聞いて、牛丼屋のトム・クルーズの謎が解けたんだよ!」
「ええ?」
目を丸くした柿田に、玄関先で息せき切って一通りいきさつを話すと、柿田は笑い転げた。
「なんだそれ、すげえくだらないけど、分かったのがすげえ」
そう、分かってしまえば本当にくだらないことなのだ。この喧嘩と同じくらい。
「入る? その……片付いてないけど」
「あ……うん」
わずかに漂う、ぎこちない空気。柿田は突然頭を下げた。
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