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背中の光が弱弱しくなるにつれて、『その時』が迫ってきていることは分かっていた。
その時が来る前に、私は成人になった。振袖は祖母が着せてくれた。母も私もてっきりもう祖母はボケてしまって、着せられないと思っていた。そんな矢先、祖母がそれぐらいできると怒り半分に名乗りを上げたのだ。昔の祖母の気性からは考えられないぐらいの強気で、正直母と私は不安だった。そのため祖母が私に着せられなかった場合に備えて、写真やさんに着付けもできるように一応頼んでいた。
そんな不安を払拭して、祖母は鮮やかな手つきで振袖を私に着せてくれた。力が弱く絞められなかった帯は母の手を借りた。その際帯の結び方を丁寧に母に教え込む。母はあっけにとられながら、ゆっくりとその教えをメモしながら覚えていった。
出来上がった私の振り袖姿は美しかった。祖母が着て、母が着て、そして私が着ている振袖。年季のはいったものだったが、保存状態がよく、振袖の花はきらきらと金色に光ったままだった。金色の糸であしらった刺繍は火の鳥のような高貴な鳥が縫われていた。散りばめられた華の中に飛び立つ鳥はあの時飛び降りた台が思い出され背筋が冷えた。
とっておいた写真屋さんの予約は結局なくなり、写真を撮るだけとなった。私の振袖に合わせ両親はスーツやドレスに着替え祖父母は無難な正装に身を包んだ。
家族写真は私が真ん中。祖父母が両隣。両親は後ろで立ち私の肩に手を置く一枚目と、私のわがままから祖母を中心に私が後ろに立ち祖母の肩に手を置く二枚目を撮ることになった。
祖母の小さな肩に手を置くと、晴れやかな私と祖母の地味な服装がちぐはぐに写った。振袖に合わせた化粧も相まって、祖母の化粧っけのないつるつるな皮膚と皺がたるむ顔が浮き彫りになる。写真を撮るからにはと祖母は最低限の化粧をしていたものの、唇に薄いピンクの紅をひいたり、シワが目立たぬよう、シミが隠れるようにファンデーションを軽く塗っているだけのようで、頭皮の白さや頭皮の薄さが目立つ。
細くなった祖母。どんどん小さくなっていく。手のしわも顔のしみも、目立ち、そのうち私のことも忘れてしまうかもしれない。祖母の中の私は死んでいく。祖母も祖母の世界も朽ちていく。ただ背中の光だけはそこにある。
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