祖母と私

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私は祖母に背中を任せて、目をつむり背中にもたれかかる感触をじっと感じていた。  小学生の頃。祖母の家に遊びに行った日。両親は祖父となにやら楽しそうな話をしている間、私は蚊に刺され、背中の手が届かないところに痒みを感じ、部屋のすみっこで悪戦苦闘していた。下から手を伸ばしても、上から伸ばしても届かない。痒みはそこから広がり、全身を刺激し、意識を背けることができなかった。  ーーかゆい、かゆい。  私は肩を回し、祖父や両親が話している横で床に転がった。エアコンもない祖父母の家。扇風機が首を振る音が響く。それに紛れて耳にはぷーんっという蚊の羽音。それを聞いて一層かゆくなる。それから転がり、額に汗が一層浮き出る。  ーーああ、かゆい、かゆい。  見かねた祖母は私にすりより、背中を向けさせた。その手には鋭く尖った爪。ほんのりと橙色。それから爪をたてて、私の背中をがりがりと服の上からかきはじめる。  だが、そのかいているところはかゆみの箇所とは若干のずれがあり、私は不満そうにむくれていた。  ーーお嬢さん。かゆいのは治まった?  ーーまだ。ぜんぜん。  私はそこじゃない、ここでもない、と偉そうに指定した。祖母の爪は鋭く削られ痛い。痒い箇所を祖母がかいてくれるまで問答は繰り返された。がりがりと、その間中ずっと肌がかかれる。背中の肌が赤くなるのを感じていた。そうして祖母がちょうど痒い箇所をかいてくれても、私は全くと言っていいほど祖母に感謝はしなかった。  ーーそこ、そこそこ。やればできるじゃん。  祖母は嬉しそうに応えていた。  ーーよかったよかった。私の爪伸びてるからいい気持ちでしょ。  なんて言っていたが、その時のかきかたはかなりの痛さだったのを覚えている。しかし、私は何も言わず、そっと目をつむって、祖母が背中をかく音を聞いていた。がりがり、と木目を背中に刻み付けるみたいな音。その背後にある祖父と両親の会話。  この背中を祖母に向けていなければ、きっと私は両親の会話という子守唄をきかず痒みに苦しめられていたに違いない。
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