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夢中になっていたのは自分だけだったのかもしれない。雅はそんな自分がたまらなく痛々しいと思った。
そして数日が過ぎ、最初は戻ることが辛かった仕事へも、イヤイヤながらいつの間にか次第に慣れていた。
「……今日はクライアントにこっぴどく叱られたよなぁ…。あんな言い方しなくたっていいのに」
仕事帰りの電車のなか、つり革につかまって体を支えながら、雅は溜息をついた。
変わらない日常。
殺伐とした、利己主義な自由。
自由な分、自己責任がついてまわるこの国で、自分は名もなく雑踏に埋もれていく…。
「………ミヤビ」
駅を下りて自宅まであと数十メートルというところまで力なく歩いていると、
随分と懐かしく感じる声が聞こえた。
なんども囁かれた、心地よい響きが記憶に蘇る。
「えっ?」
思わず雅は振り返った。すると建物の影からそっと姿を現した、見覚えのある、自分よりも少し背が高い男…。
「……随分待った?ごめん、雅」
「……明さん!!」
深夜でよかったと思う。雅は自分でも驚いてしまうほど、明の胸のなかに勢いよく飛び込んでいった。そして当たり前のように自然に熱いキスを交わした。
ああ…オレ、この人と再会のキスだけで…イキそうになる…。
「もう、会えないのかとあきらめていたんです!ひどいじゃないですか!」
今まで会えなかった寂しさを、雅は思い切り明にぶつける。
「いやぁ…すまないねぇ。ちょっとヤボ用があって、なかなか出国できなくてさ」
「そうだったんですか?だったらメールとか電話とか…」
「いやだなぁ…。そんなヒマがあったら、とっとと用を片付けて雅に会いたいじゃないの?」
「……………。」
明はいつもそんなふうだ。最初は雅自身、彼の愛情に戸惑い、彼から少し逃げていたというのに、今では逆に彼を想いすぎてどうにかなっているのかと思うくらいだ。
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