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蒸し暑い亜熱帯の空気が、まるで皮膚の表面に張り付いたように不快な気分になってくる。
佐野雅は今、東南アジアの某国で一人旅をしていた。
何か目的があるわけでもない。ただ、日々の生活に彼は疲れきっていた。
雅は某広告代理店に勤務している。好きで飛び込んだ業界であったが、理想と現実のギャップを知った瞬間から、自分はこの仕事に夢中になることを忘れてしまっていた。
心の傷ばかりがどんどん広がっていくような気がした彼は、上司に半ばけんか腰で有休をもぎ取って日常から逃げた。
クビになるなら、なってもいい…。
そんな半分やけっぱちのような自分が可哀相だと思った。
革のトランクひとつで、駅に降り立つ。国内で宿だけを確保し、あとは行き当りばったりの旅であった。
オリエンタルな情緒が溢れる駅のコンコースを歩きながら、雅は腕時計をみた。時間は午後3時を少し過ぎている。
とりあえず、ホテルに向かってチェックインだけは済ませておこうか…。
そんな風に考え事をしていると、突如、現地の住人らしき男二人に後ろから体当たりをされた。
………ッ!!
驚いた拍子にトランクが手から離れると、間髪入れずにそれを男たちに奪われ、持ち去られてしまった。
「くそっ!!やられた!!着いて早々そんなのアリかよッ!!」
走りには自信がある。大学時代に陸上部に所属していた雅は『返せ』とわめきながら男らを追いかけた。
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