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「ところでさ…アンタ、恋人いるの?」
何を思ったのか、明は雅にいきなり妙なことを尋ねてきた。
「えっ?どうしてですか…?いません…けど」
「そなの?…可愛い顔してンのに…。みんな見る目ないね…」
くすくすと笑いながらヴェスパのスロットルを回した明は“行くよ”と、おどけて急発進した。後ろに跨る雅は勢いで振り落とされそうになり、明の背中にしがみつく。
……意外と広いんだ…。この人の背中。
少しだけ遠回りをして、明は市街をヴェスパで走ってくれた。
それまでは水牛が牽いた車など、田舎ののどかな風景もあったりして…。
熱風と砂埃と、たくましい人々の働く姿と生活の匂い。そんな異世界で雅はしばし日常を忘れた。
「なかなかいいトコだよ、ここは…」
明はまるで自分に言い聞かせているような口調で雅にそう言った。
「…ですね。オレもそう思います。時間がゆっくりと流れているみたいで、日本で普通に働いているときのこと、ちょっと忘れていましたから…」
「真面目だねぇ…?仕事のことなんて、こっちに居るときぐらい考えなきゃいいのに…」
「…それもそうですね」
雅が滞在する予定のホテルの前まで、明は彼を送り届けてくれた。
「じゃ、元気でね!」
「ご親切に有難うございます、明さん!お世話になりました!!」
遠ざかるヴェスパのエンジン音と共に、明の小さくなっていく背中を、雅はいつまでも見送っているのだった…。
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