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運河がたくさん作られたこの地域では、朝は川沿いにマーケットが並ぶ。
早朝、水揚げされたばかりの魚だったり、真っ赤にほどよく熟した野菜だったり、採れたての収穫物が面白いほどよく揃う。明はそんな素朴な風景を好んでいる。
今朝も運河の上を知り合いのカヌーで移動していた。
すると、川沿いのむこうに見覚えのある姿を見つける。
「おーい!雅!雅だろっ!?」
思わず声を上げ、右手を大きく振った。
明の呼びかけに振り向いたその男は、一瞬自分のことではないような、不思議そうな顔をする。
「オレだよ!ほら、昨日の!明だって!」
「え…?明さん……?」
明はまだ不思議そうな顔の雅の為に、自分の口周りを手で隠して見せた。そう…、明は今朝、蓄えていた不精ひげを剃り落したので、雅には見分けがつきにくかったのだ。
「あ、ああ!ひげがないから…一瞬、誰かと思いましたよ」
よく見れば、背格好で判るようなものだが、雅はピンとこなかったらしい。
「…随分と早起きなんだねぇ?こっちに着いて早々なのに」
「ええ、なんとなく目が覚めたので。ホテルのフロントで聞いたら、こっちで朝市が開かれるって教えてもらい、興味本位で来てみたんです…」
「ホテルからだと結構距離あるのに…」
「ああ、でもシクロ(※Xich lo:前にお客の座る椅子を付けた三輪車で、客用の椅子には折畳式の屋根がついている)に乗ってみたかったので、ここまで来ました」
本当は…
(もしかしたら、あなたにまた会えるかも…)
そんな期待をしてここまで来た、という言葉を雅は飲み込んだ。
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