イチコ1

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 高校を卒業したイチコは市内の会社で事務員を始めた。手取り十八万のボーナスは年二回。イチコは給料のほとんどを貯金して過ごしていた。服を買うのも年に数回。恋人もいない、友人も少ないイチコは実家暮らしだったこともあり着実に貯金を増やしていった。 「そんなに貯めてどうすんの」  わたしは通帳を眺めているイチコに話しかけた。イチコは答えない。眠っているイチコと同じ布団にはいり、わたしはイチコの顔をじっと見た。イチコの顔はいつ見てもきれいだ。同じ布団に入ったのは、高校二年生の修学旅行の頃以来か。 「イチコ」  触れられないイチコに触れようとしてわたしが指を伸ばしたその瞬間、突然、イチコは目を開いた。 「ひっ」  わたしは短く悲鳴をあげた。幽霊のわたしが驚いてどうするのか、普通逆だろう。どきどきしながら、わたしはイチコの顔をじっと見た。イチコは身動きすることなく、しばらくわたしの顔を見ていたが、やがてゆっくりと目を閉じた。  ときどき、イチコはわたしの存在に気づいているのはないかと思うときがあった。わたしがいる方向にわたしだけしかいないときにも、こっちをじいっと見たりする。そういうときは、わたしはどきどきした気持ちでイチコの表情を読み取ろうとした。けれど、いつだってイチコは無表情なのだ。わたしが死んでからずっと。  一千万貯まったイチコは会社を辞めた。結局、一度だってイチコに恋人はできなかった。恋人いない歴、三十年かあ。イチコ、年とったなあ。学生の頃にはなかった皺が彼女の目元にあるのを見つけてわたしはなんだか寂しくなった。わたしはずっと高校生のときのままだ。  仕事を辞めたイチコは日本中を旅し始めた。わたしはイチコとともにいろんな景色を見た。北は北海道、南は沖縄まで。国外には行かなかったが、イチコとの旅はとても楽しかった。あんまりにも楽しすぎて、わたしははじめて自分も生きていればよかったのに。と何度も考えた。イチコと同じ体験をしているが、やはり死んで肉体がないというのは歯がゆい。  旅の途中、一度だけイチコは自殺をはかったことがある。周りには人もいない静かな山の中だった。縄を手に持つイチコにわたしは声をかけた。聞こえないことはわかっていた。しかし、叫ばずにいられなかったのだ。
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