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二年後、イチコは見合い結婚をした。相手は十八も年上で、子どもは一人生まれた。イチコによく似た女の子だった。イチコの娘はわたしのほうを見てきゃっきゃとよく笑った。それを見てイチコは怖がらなかった。それどころか嬉しそうに同じ方、つまりわたしの顔を見た。無表情だったあのイチコはいったいどこにいったのか。幸せそうなイチコたちを見て、わたしは彼女たちを守ることだけを考えて過ごすようになっていた。
娘はすくすく育ち成人して、イチコより年上の旦那さんは昨年倒れた。イチコの顔にはわたしのときと同じように涙は浮かんでいなかった。そして今日、イチコが倒れた。救急搬送された病院で医者はイチコの娘に「今夜が峠です」と言った。ドラマみたいだな。わたしは涙するイチコの娘を眺めながら、病室を漂った。いつか、この日がくると思っていた。生き物には平等に訪れる死。イチコは随分長く生きた。少なくともわたしより。
「イチコ」
わたしはイチコに添い寝をするように漂いながら声をかける。しかし、イチコは目を開かない。イチコが死んだら、わたしも成仏するのかな。ぼんやりとわたしは考える。わたしの執着はイチコにあり、その執着するものがこの世から肉体を手放した場合、ともに成仏するのが普通である。しかし、イチコが成仏できなかった場合。わたしもともにこの世を漂うことになるのか。それはそれで楽しそうだ。わたしは思った。肉体をなくした同士、寂しさは平等にある。
イチコが死んだらいいな。
わたしは管につながれたイチコを愛おしく見つめる。そしたら、わたし、もう寂しくないな。
「お母さん」
イチコの娘は泣きそうな顔で、イチコのしわしわの手を握っている。いるものがいなくなるのは寂しいよね、わかる。わたしは彼女にそっと寄り添って言った。
「あなたもそのうちこっち側」
だから寂しくないよ。それから数時間後、イチコは息をひきとった。
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