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「あ、終わった?」
瞬間、目の前にクラスメートの男子が立っていて、びっくりして、一瞬思考がとまる。
「笹木さん、僕、忘れ物したんだけど、取らせてもらってもいいかな?」
目の前で微笑むクラスメートの男子ー永元義人くんーは、人の良さそうな笑みを浮かべながら、申し訳なさそうにそう言ってくる。
廊下には、彼が使っている鞄と、もう一つ鞄が直置きされてる。もしかして、私の掃除が終わるのを、誰かと待っていたのか。
「ごめんっ。永元くん。」
私が扉から距離を置くと、彼は教室に入り、後ろにある自分のロッカーの鍵を開け、中から数学の教科書を取り出した。
「明日、数学あるからさ、予習しないと。」
そう言って微笑みながら、教科書を自分の鞄に仕舞う。
「教室、ピカピカだね。いつも、笹木さんが一人でやってるの?」
彼は、やっぱり、穏やかに微笑みながらそう聞いてくる。
「そうだよ。私、掃除が好きだからさ。趣味で、いつもやってるんだ。」
私は、彼のこめかみの辺りに視線を集中させながら、話す。目を見なかったのは、この言葉には乗せていない事実があると、気付かれたくなかったから。
「そっかぁ。笹木さん、掃除してる時、すごい楽しそうだったもんなぁ。すごいなぁ。」
僕は、掃除は苦手だから、尊敬するよ、と言って、彼はやっぱり、穏やかに微笑む。
「じゃあ、笹木さん、また明日ね。」
彼はやっぱり穏やかに微笑みながら、自分の鞄と、もう一つの鞄を持って、ゆっくりと去って行った。
ー永元くんは、たぶん、わかってる。
私が、掃除当番を、クラスメートたちに押し付けられていること。それを、あえて言わなかったこと。だけど、それを嫌がるどころか、一人でピカピカにできることを、喜んでいることを。だから、『手伝おうか』なんて、言わないんだ。
敵わないな、と思う。
彼はいつも、本当に困った時にだけ、手を差し伸べてくれる。
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