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「やめて」
密やかな声が聞こえてきたのは、朝の美術室準備室。
常盤は思わずドアにかけた手を止め、耳をすました。
「駄目だよ先生」
「でも最後だし……ちょっとだけ」
カチャカチャと軽い金属の音がした。その後に、あきらかにジッパーを下げるときのような音が続く。はあはあと荒い吐息まで聞こえてきた。
――朝からよくやるよ。
自分の絵を取りに来ただけなのに、これでは入れない。美術室の奥にある準備室には、常盤が高等部で描いた油絵がいくつか保管されていて、卒業式が行われる今日中に持って帰らないと処分されることになっていた。
常盤は好奇心からドアをそっと2センチほど開けて、中をのぞいて見た。
美術教師の佐々木が、生徒らしき華奢な体を腕に抱いている。
――こいつ、しつこいんだよな。
常盤はこみあげてくる笑いを抑えきれなかった。
「……っく」
思わず出てしまった声が聞こえたのか、佐々木は動きを止めてふりかえった。
「誰かいるのか?」
間一髪すきまから身を隠した常盤は、あわてて教卓の下にもぐりこんだ。
「気のせいか」
佐々木は美術室を見まわす。
その後ろから、色白のほっそりした顔が現れ、常盤は息を飲んだ。
――南!?
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