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そのうち、幕が降りるように夜になる。
夜の市民プールには灯りが無い。住宅に囲まれたそこに、2人はフェンスをよじ登って入り込んだ。
「わ、月が溺れてる!哀れ!あははは」
水面に映った月を指差して羽乃がはしゃぐ
「綺麗だね」
「うん!」
プールサイドに靴下とスニーカーが2足づつ並んだ。美代子の色白い足の指先が水面に触れる。波紋が広がって、水面の月は溶けるように揺れた。隣でばしゃん、と水がはねる。羽乃が水を蹴った。
「あはは」
「ねえ、羽乃ちゃん」
「どえしたの?」
美代子の表情はこの薄暗いプールに寄り添っているみたいだった。
「もう少しだけ、一緒にいよう」
その言葉に一瞬だけ、羽乃は自分でも気付かずに何かをためらって、すぐに「うん!」といつものへらへら顔で応えた。
ベッドで目を閉じれば朝がきた。
朝食は決まってバターと砂糖の乗ったトースト。家を出て学校へいく。
羽乃は平日の学校も嫌いではないが椅子に座ってるのが苦手だし、美代子と会う土曜日が待ち遠しかった。
同じ学年の美代子は平日、学校にいなかった。
1学期はほとんどそんな繰り返しで終わって、夏休みになると2人が会う日は増えた。
羽乃のカレンダーに×が増える度、蝉の鳴き声はどんどん大きくなっていって、茹だった空気はいつかアスファルトを沸騰させてしまいそうだった。
今日は天気予報によると今年1番暑い日だった。
「ぬるいなあ」
夜の虫の鳴き声が空気を揺らしている。ド。半ズボンの裾を上げた美代子がプールの中に両足を入れて座っている。
羽乃もその隣で同じようにして座っている。
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