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失ってから気付くものは、これほどまで残酷なんだろうか。
男は見上げていた目線を自身の他人の血と混ざった自分の血で汚れる掌へ移すと、何かを悔やむように、掌を握り締める。
「……パスラ」
男の心を一色に染めた相手の名を口に出すと、そこで雨が降りだしたのか、肩、頬、そして握り拳の順に、雨粒が降ってきた。
冷たい。
小降りから、大降りになった雨に全身を打たれながら、男は又思う。
寒い。
何故、この鍛え上げてきた体が、数秒で雨によって冷えるのか理解できなかった。
「……」
これは、疲弊しているからか。
それとも、心労からくるものなのか。
いずれも違うだろうと、男は思った。
では何だろうかと考えた時、直ぐに答えは出てしまう。
「パスラ、俺は……何時まで戦えばいいんだ」
寂寥感、悲壮感、そして孤独感。
戦場に居るときは、何時もその感情だが、それは日常生活でも男にとって同じ感情のままだろう。
──ごめんなさい……好きな人が出来たの
「……ッ」
突如、頭の中で響く、掘り返されたあの時の彼女の表情と声。
──もう、あなたを愛せない
幻聴だった。
しかし、幻聴だとしても、看過せずには居られなかった。
「……やめろっ」
──……もう、あなたの元には居られない
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