一 悪人

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一 悪人

 重々しい扉が開いた。  扉のむこうで一礼する執事をながめ、男はマフラーを直すふりをして顔を隠す。 (うっかりしていたな、まったく。忘れていたよ)  男は内心で毒づいた。 (この大邸宅の主人、つまりおれのじいさんには、この執事が世話役として同居していたのだった……)  執事は銀色の細いフレームのメガネをかけていて、白蝋よりなお青白い肌をしている。顔立ちは吸血鬼映画でお目にかかるような、魔性を感じさせる美貌だ。奇妙なのは二十代後半にも五十代にも見えるところだった。 (じいさんの世話役、か。まさか恋人じゃないだろうな)  マフラーをずりあげながら、男は用心深い足取りで執事のあとを進んだ。  廊下はじゅうたんがずっと奥まで敷き詰められて、足音を殺している。  屋敷のいたるところに暗い静寂がよどんでいて、その静けさたちがジッと男と執事を見守っていた。
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